無分流打鍼術とは

初稿 2024年12月5日

目次
・無分流打鍼術の起源と特徴
・中国伝来鍼灸と日本独自鍼灸
・無分流打針術の方法論
・機能形態学採用の理由
・離れの定義
・打鍼と「離れ」

 


無分流打鍼術の起源と特徴

打鍼とは、室町時代後期(16世紀)頃に禅僧の無分(夢分)によって創出された日本独自の鍼灸術です。

教育方針イメージ

 

その特徴は、

1、太い円利鍼を用いること
2、木槌で鍼柄を叩いて刺入すること
3、腹部のみの刺鍼で、全身症状に効果をだせること
4、腹部の刺鍼穴は経穴ではなく、臓腑経絡システムとは異なるシステムを用いて治療すること

 

中国伝来鍼灸と日本独自鍼灸

  中国伝来の鍼灸 日本独自の鍼灸
奈良期
(701-794)
仏教とともに鍼灸伝来  
平安期
(794-1192)
治療は施灸中心で、鍼は切開・排膿などに使用 民間の伝法として、按腹が行われる
栄花物語(1028)
はらとりの女(をむな)が大臣の腹痛を按腹によって治療
鎌倉期
(1192-1135)
末期より、焼鍼による腫物治療が行われる
宋版医書の導入
頓医抄(1302):巻7:積聚(上)に、
腹取様(はらとり様):治療の選択の1つとして挙げられている
室町前期
(1338-1573)
治療は湯液が中心
著名な鍼医はまだ少ない
霊蘭集(金創篇)に、禅僧による刃傷の患者への按腹治療の記載あり
室町後期 鎌倉五山の禅僧により中国医学基礎理論が導入される 無分(1510?-1580?)による打鍼の創出
織豊期
(1573-1603)
中国・朝鮮の鍼医から学んだ日本人鍼医が多く輩出される 
金・元代の医学書を導入し、それを基に鍼灸基礎理論が整備される
無分の弟子の御薗意斎(1557-1616)が、正親町・後陽成両天皇の御典医・鍼博士まで昇りつめる
江戸期
(1603-1867)
鍼灸治療が盛んになり、独立した科として認識される
明代の医学研究書が伝わり、多くの鍼灸流派が生まれる
多くの打鍼流派が派生し、興盛を極める
管鍼法の発明、秘伝の隠匿によって真伝が失われていく→衰退

 

無分流打鍼術の方法論

我々が再構成した打鍼は「離れ」を治療対象とした診断および刺鍼技術である。「離れ」という病態およびそれに対する打鍼治療とその効果を機能形態学を用いて評価・考察していく。

「離れ」という病態は、腹部の異常を察知できる日本の医家・鍼立らによって発見された病態である。
16~17世紀の日本の医家、鍼立らが記述した「離れ」の内容には、「臍周囲のあるべき腹力がなくなってしまった状態=死」「臍の両サイドの腹力がわずかでもある状態=かろうじて治療可能」との共通項がある。

 

機能形態学採用の理由

「離れ」という病態は、臍を中心とした腹部の異常であって、進行すると死と直結する病態である。

中国伝統医学の「気の循環」を核とした臓腑経絡説では、臍の異常というまなざしを注ぐ「離れ」の治療過程を説明することは不可能であった。また、「部分の集合が全体である」という医学思想をもつ西洋医学では説明が難しいことも明らかである。

「離れ」とは、構造的な変化であり、それが生態機能に破滅的変化を及ぼす。機能形態学とは、機能と形態を統一的に考えることによって生物を丸ごと理解しようとする学問である。ゆえに、その基本概念である「生体のもつ機能は、構造と不可分に結びついている」という内容は、「離れ」を説明する最適な方法である。

 

離れの定義

全身の皮膚、血管、臓器、体腔(腹腔・胸腔)および体腔は、人体模型のようにすき間なくきっちりおさまっている訳ではなく、臓器と臓器の間に、多くのすき間(vacant)が存在する。このすき間をみたす脂肪組織の表面には、基底膜とよばれる膜構造が存在する。この膜構造は、身体の構造維持(形態保持)に重要な役割を担っている。

「離れ」とは、その基底膜接着がはがれてしまうことから引き起こされる諸症状のことである。

この構造上の変化は、皮膚、血管、体腔および臓器にとって、その形態を保持できないほどの破滅的なものであり、それに伴って深刻な機能低下が引き起こされる。さらに悪化した場合は、生体恒常性を脅かされることになる。

 

打鍼と「離れ」

Vacantへのアプローチ

「邪気、針を刺すによりて、次第に寛ぎ、大抵の腹にも力出来(ちからいでき)、三焦(気海~石門の辺り)もそれに応じて強るが、真(まこと)の本腹(ほんぷく)なり」

太い円利鍼の鍼柄に木槌を用いてtappingすることから生み出される通常の刺鍼より強いvibrationは、内臓固定力の低下した腹壁背側まで響いて、その固定力を賦活化する。それによって、内臓固定力および下大動脈・下大静脈の安定感は高まり、本来の機能が賦活化される。

施術者には、このpositiveな変化が「水の如く柔らかい」腹力から、「固く締まった」腹力として感じられる。

基底膜へのアプローチ

「悦が刺す所は、針鋩、皮裏膜外に止どめる」
「皮裏膜外」とは、かぎりなく基底膜に近い部位と考えられる。

「乾枯すれば皷皮の如く、急張するが故に、膜沈みて裏に着きて、藏府を押さへ、元氣の途を絶つ」
上記のような状態の腹部に鍼を打ち込み、捻ると、刺鍼中の変化は、施術者の押手に以下のように感じる。

「病人の出す息に、皮ともに浮きて、病の気すくふ也」
施術者には、このpositiveな変化が「沈んで力のない皮膚深層」が浮かび上がってくるような感覚として捉えられる。基底膜と結合織の再接着は、皮膚上だけでなく、連動する消化管・肺〜生殖器へと広がっていく。
 その結果低下した内臓固定力は賦活化され、腹力も高まる。そのため、基底膜上の熱は減じて皮膚炎も治るのである。